夢見る竜とGW編26コイゴコロ 筆の人の場合
あらすじ:宝貝ミケちゃんから吐き出されたのは、竹林の掛け軸の中で遭遇した筆の人だったが……。
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私の日常 夢見る竜とGW編26
ミケちゃんに吐き出された筆の人が、立ち上がろうとする。
あまり丁寧な出され方じゃなかったのか、悪酔いしたように足元がおぼつかない。
畝だらけになった布団でバランスを崩しかけたので、とっさに私は片手に卵を抱えたまま、相手の腕を摑んで支えた。
「ああ、どうも……」
言いかけた筆の人が、こちらに振り返るなり、力一杯腕を払った。
「うひゃっ!?」
払われた力で私の方がバランスを崩し、半回転して布団の上にひっくり返る。
背中からだったので、とりあえず抱えた卵はセーフ。
「危ないじゃないですかっ」
「じゃあ、触らないでくれる?」
筆の人は硬い表情のまま、私が摑んだ箇所を、泥でもついたみたいに、神経質に払っている。
な、何だろう。極度の潔癖症かな……?
「で、この男が結界とどう関係している」
ひっくり返って膝までめくれた私の浴衣の裾を直しながら、町田さんが静かに筆の人を一瞥する。別にさくら君みたいに視線で威圧しているわけでもないのに、町田さんを見る筆の人のこめかみには、うっすらと汗が浮いている。この人、町田さんの体にいる神様が見えてるのかなー。竹林の掛け軸では、壺のミケちゃんが見えてたみたいだし。
「それは分かんないけどお、こないだこころちゃんを囮にして結界の力がどこから来るか調べたらあ、三つも質の違う陰の気とつながってて、それを倒しちゃう人も三人いてえ、その内の一人がこころちゃんの後をつけてきて、あたしの家を嗅ぎまわってたから、捕まえたんだけどお」
「今、さらりとコワイこと言いましたよね」
やっぱりあの竹林の掛け軸、全然近道じゃなかったんだ……。
「だってえ、一番元気な子にくっつきかけた符の術式は、あたしがフォローに行ったから完全に解けたけどお、残りの二人のはまだつながったままだしい」
「はい?」
今、更にさらりと怖いこと言いませんでした?
「符の力が子供の体に転移しちゃってるのよお」
「じゃあ、さっきから綾井さんが言ってる結界がつながってるややこしいトコって、澪海くんと葉守くんのことですかっ?」
ここに来て、すっかり元気になったとばかり思ってたのに。
「そお。だから符を構成してる陰の気に詳しそうな人がいればいいかなーって」
「なに勝手なこと言ってんの?」
町田さんからなかなか注意を逸らせずに、苛立たしそうに髪をかき上げながら、筆の人は吐き捨てるように言った。
「人のこと都合の良い道具か何かみたいに」
「えぇ?ちょっと手伝ってくれてもいいじゃなあい」
「甘えて駄々こねれば自分の意見が通るとでも思ってる?これだから女って……」
筆の人が綾井さんを見やる。
「……女はひどいよね。優しくすればつけ上がって、冷たくすれば逆上する。自分を理解しろと言うくせに、こっちのことにはまるで気遣いのひとつも見せやしない。プレゼントは高価で当たり前。サプライズにブランドの付加価値は当たり前。結局金と見栄さえ満たされれば、隣にいるのが誰だろうと構いやしない。遊んで飽きたら人の金目のものだろうと売り払ってほかの男に走るような奴らだよ」
それはまたよりにもよってひどい人達とばっかり付き合いましたねー。
「もう二度と女なんか信じない」
つまり、この筆の人、過去に複数の女性からひどい目に合って、女性不信になっちゃったわけか。
力なく目を伏せる筆の人が呟いた。
「でも……今ようやく分かったんだ」
ん?
「今までそんな醜い奴らに虐げられてきたのも、あの地獄のような日々を這いずり回ってきたのも、全てあなたという美に巡り会うための、ただの書き割に過ぎなかったんだって……!!」
……あー、結局そうなっちゃうわけなのね。書き割って、舞台背景とかの絵のあの書き割のことかな?
筆の人は十年ぐらい前にこっぴどい目にあったときに自棄買いしたとかいう万年筆コレクションを、当たり前のように綾井さんにプレゼントしていく。
クロネのエベレスト(エベレスト山頂の岩を埋め込んである)十八万円、パイロットの蒔絵双鶴(職人さんが六十日かけて漆や金粉を蒔いて全面を木炭で研いだ加賀蒔絵)二十万円、クロネのエイブラハム・リンカーン(リンカーン大統領の毛髪から抽出したDNAをアメジストに封入してる)二十二万円、ウォーターマンのシニエ・ブシュロン(フランスの高級宝石商ブシュロンとの共同制作、世界3741本限定)二十五万円、スティピュラのローラス(古代ローマ時代の競馬を題材にアセテート製のペン軸に純銀の彫刻、世界398本限定)三十五万円、クロネのシェークスピア(生家の桑の木を封入、世界388本限定)三十六万円。計百五十六万円の世界限定品は、十年前の値段だから今はもっと高いはず。それから、プライスレスな筆の人の笑顔。
散々カモられておきながら、全く学習してないな、この人。ふみ兄みたい……。
とりあえず、協力はしてもらえそうだから、私は綾井さんが散らかした符の破片でも片付けようかなーとか、子猫ミケちゃんのかわいい背中を撫でながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

