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夢見る竜とGW編2背広の声、少年の声

あらすじ:ショッピングモールで絵画展を見た帰り、星庵心は背広の取り巻きに過剰に接待されていた見知らぬ少年に、名前を呼ばれたが……。
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私の日常 夢見る竜とGW編2

 見知らぬ少年に名を呼ばれて、私は目を瞬かせた。
 大人びた表情で年の頃は分からないが、多分中学生にはなっていないはずだ。
 手入れの行き届いた髪型に、子供じみた雰囲気の微塵も感じられない、細身のスーツ。
 光沢を放つ靴はどう見ても海外ブランドの本革製。
 そのどれもが馴染んで、御曹司、という言葉がぴたりと当て嵌まる怜悧な姿を際立たせている。片手にまとめた書類の大きさだけが、ひどく目立っていた。
「時間もありませんし、行きましょうか」

 利発でやわらかなふりをした声とは裏腹に、少年の目はもたもたと鞄に物を入れている私への苛立ちを含んだ暗い棘で、執拗に刺していた。
 し、視線が痛い……。目が、目が怖いよ、君……。そんなさっさとしろと、言外に匂わせなくても……。
「あの……こちらの方は……」
 取り巻きの背広おじさんの一人が、恐る恐る少年に尋ねてくる。まさか自分が突き飛ばした相手が、もみ手をする相手と関わりがあるとは思ってもみなかったらしい。関わりはないはずなのに、こんな答えがロビーに響き渡った。
「今度の新商品のモニターをして頂いています。彼女の感性を、僕は非常に高く評価している」
 し、新商品?モニター?
 少年が言った途端、背広おじさん達はまるで別々のフィルムをつなげたみたいに、ころりと態度を変えて、満面の笑みでぐいぐいと私に名刺を押し付けてきた。うわっ、どれもこれも旬の俳優さんを起用したコマーシャルをバンバン流してる大手企業ばかりだ。
「申し訳ありませんが、これからその新商品の会議がありますので」
 目の端の棘でひっかけた私を引きずって、少年はエレベーターに向かって歩いていく。その背中に背広おじさん達の声が大量に投げかけられていった。
「今度の発表会は是非!」「うちの娘がお会いしたいと!」「お祖父様に!」「新店オープンには!」「軽井沢に!」「総会に!」「お越し下されば貸切に!」「お父様に!お兄様方に!お姉様に!お母様に!」「別荘に!」「社長に!会長に!理事に!」「モナコに!ドバイに!」「よろしくお伝え下さいませ!!」
 互いの声が大きすぎて、何が何やらさっぱりの背広祭りです。
 エレベーターに乗り込むと、整列した背広おじさん達に形だけはきれいな笑みを浮かべて少年は言った。
「お忙しいのに貴重なお時間を割いて下さって有難う御座います。家の者にも、今日の話は伝えておきましょう」
 印籠を見せられた悪のお代官のように、おじさん達が平伏する中、エレベーターの扉は厳かに閉じられていった。ああ、やっと静かになった。
 ……で、何でこの少年と一緒にエレベーターに乗ってるのかな、私……。ちらりと少年を見ると、無表情で手にした書類やパンフレットを流し見している。今度は沈黙が辛い……。
 階下を目指して、ランプだけが黙々と移動していく。
「……あのー……」
「説明が必要なほど状況を理解出来なかったのか」
 少年の口調が変わった。抑揚のない声。冷ややかに相手の能力を推し量ろうとする、確認の為だけの言葉。
「あのおじさん達から離れるのに、ダシに使われたのは分かるけど…」
 扉が開くと、そこは駐車場だった。タイミングよく一台の車が目の前に滑り込み、一度は定年を迎えていそうな穏やかな顔の運転手さんが現れ、後部座席のドアを開いた。
 少年が乗り込むと、何故か運転手さんが私を見た。の、乗るの……?乗せられるの?背広おじさんもいないし、もういいんじゃないの?私、このまま帰るけど。
「その辺にいる黒服どもに捕まりたいなら、歩いて帰るといい」
 座席の奥から少年の声。別の背広さん?キョロキョロ見回すと、確かにそれっぽい人たちが柱や車の影からこっちを窺っている。何だろう、あの人達?
「十件以上の誘拐未遂犯」
「お、おじゃまします」
 慌てて車に乗り込む。すぐに扉が閉められて、運転手さんが素早く車を出した。後ろを見ると、柱の影から出てきた人影は特に目立つ素振りも見せずに、誰かにケータイをかけている。
 ……で、何でこの少年と一緒に車に乗ってるのかな、私……。
「ええと、どこ行くの」
「近場でなければどちらでも結構ですよ、星庵心さん」
 家が割と近場なんですけど……。
「……名前言ってないよね?」
 少年はようやく気付いたかと言わんばかりに、書類の束からクリアファイルを取り出した。
 あっ、私の履歴書!完全に忘れてた。荷物を散らかした時に、この少年が拾ってたんだ。それで私の名前を知ってたのか。
「僕は石鏡葉守です」
 別の誰かを紹介するような、よそよそしい声で少年はそう名乗った。

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