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異世界剣士とさくら編51契約の花は降り(下)

あらすじ:龍種の力を暴走させたさくらの元へようやく辿り着いた星庵心だが賢者は破壊されようとしていた……。
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 ご興味のある方はこちらから、『宇宙船と日記編1』の方もご覧下さい。
 『異世界剣士とさくら編1』はこちらからご覧頂けます。 
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私の日常 異世界剣士とさくら編51(下)

 ひび割れた賢者さんの鞘から液体が零れて、混沌の泥の上に撒き散らされていく。綾井さんにもらった薬。さくら君に飲ませるはずだったもの。
 混沌の紐はなおも賢者さんを軋ませていく。賢者さんを壊してしまったら、どうなるか分かってるだろうに。
「お師匠さんが残してくれた形見じゃないの?」
 帰りたがったり、帰りたくなくなったり、やることが目茶苦茶だ。
「契約する気など無かった。賢者は師の記憶盤なのに……」
 ……ああ、結局さくら君が気にしてたのはそこなんだ。
「こんなプライドばっかり高い、甘ったれ記憶盤のいうことなんかどうでもいいって」

 私がさっくりそう言うと、急に辺りが静かになる。
『……私に…向かって甘った…れとは何だ……』
 ひびだらけのせいか途切れがちになるけど、しっかりツッコんでくる賢者さん。
「だって傍から見ててもさくら君も賢者さんも、お互い噛み合ってないのが分かるもの。今までお師匠さんの性格だか能力だかに居心地よく甘えてたってことじゃない。だから至らなく見えてあちこち気になるんでしょ」
 さくら君といると居心地悪そうに距離を取る賢者さん。賢者さんの言葉に逐一反応しながらも、姿が見えないと落ち着かないさくら君。ぎこちない関係になる以前は、お師匠さんが性能の良い緩衝材の役を果たしていたんじゃないんだろうか。相手に気持ちをぶつける加減も分からなくなるぐらいに。
 私が視線を落とすと、何となくさくら君が体を強張らせたのが分かった。
「さくら君もそう。賢者さんばかり気にしてる。さくら君よりお師匠さんのことをよく知ってるかもしれないけど、賢者さんの言葉はお師匠さんの言葉じゃない。君の中にはお師匠さんが与えてくれた言葉や剣の技がちゃんと残ってるでしょ。そっちの方を大事にしようよ」
 足元が揺れる。内側に溜め込んだものを吐き出すように。
 どんなに遠く離れて目を逸らしても、大切な人が亡くなった事実は動かぬ岩のように冷たく寄り添っているから。
 それでも少しずつ、楽しかった些細なひとつひとつの記憶が、世界いっぱいに降るこの桜の花びらのように、胸を咲き満たしてくれるようになるまで。
 少年の小さな嗚咽がなくなるまで。
 あなた達を見ていよう。
 本当に望んだ道へと帰るその時まで。
 今は、降る花びらの中にいよう。
「………………」
 何だか、降り過ぎじゃなかろうか、花びら……。そもそもなんで混沌の中に桜の花びらが降ってくるんだろう。
 仰ぐと大量の花びらが怒涛のように落ちてきた。
 うきゃー!テレビの新春特番の罰ゲームか、これはーっ!!
 真っ白な重しが体を圧迫する前に、それはうなりながら空へと舞い上がっていく。すごい風だ。
「おーい、だいじょーぶかっ?」
 花びらを巻き上げているのは、変身した飛司少年だった。
「ぐれんのアニキがレッドアームがメンテなんとかで行けないから、ようす見てきてくれってたのまれてよー」
 完全にパシリな飛司少年は持っていた私の鞄を渡してくれた。
「とちゅうで寝ちまってごめんなー」
「ううん、すごく助かった。ありがとね。あと悪いんだけど花びらを風で飛ばしてくれない?なるべく満遍なく広~く」
「おうっ、はなさかじーさんだな!まかせとけ!じゃあなっ」
 若干違うけど意図は理解してくれた飛司少年は、花びらを竜のように引き連れて、花散らしの風となって飛び去っていった。
 それでも周りは桜の花で淡く輝いている。白んだ空。しっとりと冷えた大気。もう朝か。もしかして徹夜しちゃった?
 ここ、大学の遊歩道だ。最初にさくら君と会った場所。じゃああの廃棄された記憶盤って、実は大学の塀にある遊歩道の入り口の階段だったのかな。
 私は大きく溜息をつくと、そばで丸まって寝ているさくら君を見た。何で寝顔だけこんなにかわいいのかしら。眉間のしわが取れると本気で仔犬さんみたい……。見てるとすごく和む~。寝息は安らかで、触れた額の温もりは私とそう変わらない。熱の下がったさくら君は、ひびだらけの鞘を抱えていた。
『薬が効い……たようだな』
「あれ、零れたんじゃないの?」
『塗布して解熱する成分だが……飲ませる気だった…のか。死ぬぞ』
 きゃー!?そういえば使用上の注意を全然聞いてなかったー!?困るよ綾井さん……。完全に飲み薬だと思ってた……。
「いい気なもんだぜ。ムカつく野郎だな」
 かえで君、恒例行事のように私の肩にあなたの手があるんですけど。
「返すぜ。次までにもう少し腕研いとけ」
 私の足元に賢者さんの刀の方が置かれた。そろりと鞘に収めると、パチパチと小さな音を立てながら、鞘のひびがなくなっていく。よかった。大丈夫そうだ。振り返るとかえで君は背中からのびた小さな手に口の端をつかまれて、盛大に広げられていた。犬歯が大きいなあ。
「こいつももういらん!」
 こめかみに血管を浮かせて、首にしがみついた小さな女の子を引っこ抜くと私に押し付ける。はい、おかえり。
「術の生成に便利だと思って借りれば、下らんいたずらばっかりしやがって」
「この子がすることは全部、君が望んだことだよ」
 小さな女の子はかえで君に手を振って、私の背後に姿を消した。
「うるせえ」
「ところで気になってたんだけど、感情に味とかってあるの?」
「お前か?粥だな。味なんかほとんどねえよ」
 がーん。淡白な病人食を尻目にかえで君は無言で立ち去った。指先でほんの僅かに私の額に触れてから。
『皆様御機嫌よう。楽しゅう御座いましたわ。お元気で』
 智恵ちゃんの可愛い声が遠のいていく。何だろう。さっきの額に「つん」は。自分で額に触ろうとして気付く。無茶苦茶手が震えてる!何これ?歯まで噛み合わなくなってきた。
「うきゃー!?」
 私の奇声に驚いて、さくら君が跳ね起きた。
「襲撃かっ!?」
 色々突っ込みたいけど体中震えが止まらない。心臓の鼓動が激しい。次から次からひとつの感情がこみ上げて、私の体を揺さぶっていく。
『感情をひとつ堰き止められていたようだな』
 飛司少年と落ちかけた時、戦場を駆けた時、水晶人形に乗った時、自転車で坂を駆け下りた時、ドラゴンに睨まれた時、かえで君とさくら君の戦闘の時、感じていたはずの強い恐怖。それが一遍に来た。冷や汗と悪寒と吐き気と緊張と気持ちのよろしくない諸々の何かが体中を駆け巡る。そして筋肉痛が~!!乳酸が溜まり過ぎた~!体痛すぎ~!!
 恐すぎて強張りすぎて段々意識が遠のいていく。
「星庵殿!」
 さくら君の悲痛な声を聞きながら、私は暗い闇に落ちた。

 目を覚ますと世界が揺れて流れていく。まだ震えているかと思ったけれど違った。自転車の後ろで横座りしている。両腕はまとめて誰かの手に握られて、前のめりになる体を支えている。さくら君が運んでくれてるのか。器用だなあ。こんな事したらバランス崩して落ちそうなものだけど。
 さくら君は自転車を漕ぎながら、賢者さんとずっと話をしていたようだった。その声はとても穏やかだ。
「…師も俺にはまだ学ぶことが多くあると言っておられた。……ここへ来たのは師からのはなむけだったのかもしれん」
『あれならやりかねんな』
「いつか修行の成果をご報告せねば……」
 私の頬に風で吹き飛ばされた涙が触れた。
 さくら君は戦場ではあんなに強いけれど、本当はとても繊細な子かもしれない。賢者さんの言葉に傷付き、自分の思いに荒れ、名前ひとつに顔をほころばせる、花の好きな一人の少年。あ、あとゆらちゃんも好きか。
「あ、坂だよ」
 つい声を掛けてしまった。さくら君が驚いてハンドルがぶれる。竹林のゆるやかな坂道に、私の悲鳴が響き渡った。でもそれはすぐ、笑い声にかわったけれど。

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