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異世界剣士とさくら編49契約暴走

あらすじ:水晶人形と苔塚のヤモリの助けを借り、星庵心は遂に術の中心部へと自転車で乗り込んでいったが……。
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私の日常 異世界剣士とさくら編49

 坂を下りる最初のうちはライトをつけて走っていたのに、底へ行くほど混沌の内側は和紙の向こうに灯りを灯したような薄明かりで明るくなっていく。
 視界の先に、折れた大太刀を構えるさくら君の姿がある。荒い呼吸であちこちに血を滲ませながら睨み据えるのは、銃口を向けて不遜に笑う赤い髪のかえで君だった。二人は対峙したまま、次の攻撃の間合いをはかっている。
 その絶妙な間合いの中に、私はとび出した。
「……って、自転車は急に止まれないいいぃ~…………っ」
 とび出しすぎた。

 ぎゅらぎゅろぎゅろぎゅろーっと激しいブレーキ音を立てながら、二人の間を通過してゆく。
 混沌の泥から突き出した巨大な建造物に軽くぶつかり、ようやく止まる。あー、びっくりした。ぶつかったそれを見上げると、折れ曲がった柱かとも思ったが、どうも大きな環のようだった。でも折れて角があるから、多分六角か八角形ぐらい?巨大な人工物の表面は熔けるように輝く金色で、細かな模様の溝が血管みたいに張り巡らされている。
『廃棄された記憶盤だ』
 自転車を下りる私に指輪賢者さんが親指から教えてくれる。
「これが?こんなに大きいの?」
『用途による。これは転移装置だ』
 背後で金属のぶつかる音が響いた。振り返るとさくら君の体が吹き飛ばされて混沌に埋まるのが見えた。
「さくら君!」
 駆け寄ろうとした私の肩を、いつ近付いたのか、かえで君がつかんだ。
「もうじき賢者との契約だ。歪みが出来るまで邪魔する……気はないのか。ならいい」
 ん?そんなこと、私この人に説明したっけ?
『まあ、かえで様!また乙女の感情を摂触されてますのね!」
 拳銃の可愛い声が怒っている。セッショクって摂食?接触?感情にさわる?食べる?な、何?
「仕方ねえだろ。でかい術使ってんだから。それでなくても喧嘩しちまって、ここんところロクな飯にありつけなくなってんだから……」
 かえで君はぼやきながらも、一向に私の肩をつかんで離さない。
「ええと、そっちの記憶盤さん……可愛い声の人、そうだよね?」
『まあっ、かえで様お聞きになりまして?可愛いだなんて何て素直な方ですの。わたくし百型記憶盤の『未熟な知恵者』ですわ。知恵ちゃんとお呼び下さって結構ですのよ』
 賢者さんと違って、こっちの記憶盤さんはとってもフレンドリーで話しやすい。
「じゃあ知恵ちゃん、お聞きしますが……私只今この人のご飯にされてるんでしょうか……」
『そうなんですの。かえで様は魔族ですから、ヒトの感情を栄養とされるんですけど、直に触る方がエネルギー変換効率がいいだとかそんな嘘だか本当だか分からないこと仰って、乙女の気持ちを弄ぶものですから、わたくし達がお世話になっておりますジョシコーセイというご身分の方と、つい最近もその事で喧嘩をなさいまして、所在無くなってしまったかえで様が行く当ても無いのに勢いで家出などなさるから……』
「知恵!」
 かえで君が大慌てで知恵ちゃんを制止する。でも肩の手はまだ離さない。相当お腹が空いてるらしい。ふう~ん、そういうことですか。
「君のしょうもない痴話喧嘩の巻き添えを食って、私は記憶操作されたと……」
 視線を逸らしたかえで君。肩をつかんだ手に力が入る。
「その人と喧嘩したまま帰ってもいいの」
「どうだっていいだろう」
「かえで君はそうでも、その人はそう思わないと思うけど」
『お可哀想に、銀河様。急にいなくなったかえで様の面影を抱えて一生あの日の喧嘩を悔いてお過ごしになるんですのね。完全に放置プレイですわ』
「知恵!そういう言い方をするな!お前も君とか付けるんじゃねえよ。大体この話を持ちかけてきたのは賢者の方だろうが!」
 何ですと?やっぱり企んでたな、この腹黒摂政。
『賢者様とは歪みでお別れして以来でしたから、お電話を下さった時は嬉しゅう御座いましたわ』
 ここ数日私のケータイで誰に電話掛けてるのかと思ったら、知恵ちゃんと連絡取ってたのか。
「痴話喧嘩なんて夕方には終わってるものだって、ことわざにもあるのにっ。痴話喧嘩をオオゴトにしてっ。人の電話料金で痴話喧嘩の加担なんて在り得ないですよっ」
『良かろう。企業の不正口座への侵入など造作も無い。一円残らずお前の口座に』
「振り込まないで下さい」
『ああ、かえで様。ことわざですと夫婦喧嘩と北風は夜凪がする、ですわ』
「しつこいぞ、お前等!」
 そういうかえで君もしつこく肩をつかんでいる。どれだけ腹ペコですか。
「賢者さん、結局何がしたいんですか」
 親指の賢者さんが呟いた。
『事象の確認。歪みで破損した能力の限界。異なる則での歪みの発生。そして』
 指輪の形が霞む。ぱちりと輪が切れると、それは見知った刀の鞘に戻った。
『新しい契約者が果たして私に相応しいかどうか』
 な、何ですかその成層圏まで突き抜けたプライドの高さと、千尋の谷に突き落とし且つ落石熱湯コースまで追加したような鬼教官的厳しさは……。
 そんなに前の契約者さんが良かったのか。
 そんなにさくら君に納得がいかないのか。
 鞘の姿に戻った賢者さんを抱えた私の肩を、かえで君が背後へと押しのけた。後ろへひっくり返る。金属音。何かが宙を舞っている。折れた大太刀。さくら君が投げたのか。
 かえで君が庇ってなきゃ、もしかして私がさっくりいってませんか。もしもし、さくら君?
 ……いや、もしかして今の、私じゃなくて賢者さんを狙ってた?
 倒れて頭をぶつけるほんの一秒か二秒の間がやたらゆっくり感じられる。
『かえで様、お気をつけ下さいまし』
 知恵ちゃんの声が緊張している。かえで君も一点を睨みつけたまま動かない。頭をさすりながら私も起き上がって見る。
 さくら君が、埋まっていた混沌の泥から立ち上がる。
 見る間に私の頭を越え、かえで君の背を越えて、大きく膨れ上がっていく。
 それは混沌で練り上げられた、巨大なドラゴンだった。

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