異世界剣士とさくら編48水晶人形逃避
あらすじ:かえでの術に捕らわれたさくらを追い、混沌の溢れる戦場を走る星庵心は大きな穴に落下してしまうが……。
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私の日常 異世界剣士とさくら編48
落下していたはずの体から、重さがなくなった。ふわりと宙を浮いたままだ。飛司少年が助けてくれたのかとも思ったが、全然違った。
ぽかりと開いた妙に綺麗な六角形の穴の奥から、澄んで輝くものが現れる。
しなやかな巨躯。右腕は赤い布で包まれ、体内はルビーが循環し、胸部にはその結晶で薔薇のコクピットが造られている。赤い水晶人形。どうしてこんな所に。
「危ねー。何でこんな所に民間人がいるんだよ。レッドアームの花道で事故なんて洒落にならねーぞ」
この声はヘタレアイドル紅蓮クン。じゃあ、この穴は混沌が開けたわけでなくて水晶人形がここに入るための入り口なのか。
水晶人形は紅蓮クンの操縦にしては丁寧な手つきで、大きな掌に私を乗せると、胸部に近付けた。薔薇の先が少し綻んで入り口が開く。入れってことでいいんだろう。外にいても危ないだけなので、その中へ滑り込んだ。細い滑り台を通ってすとんと足が着くと、混沌のうねりと戦場の喧騒が遠のいた。
思ってたよりコクピットは広かった。天井高めの六畳一間ぐらいの空間で、中央に操縦席らしきものがある。そこは楕円の環で囲われて、私の頭より高い位置に、紅蓮クンの足が見える。学生服のままだ。紅蓮クンの両サイド、一段下がった後方に、バックダンサーズさん達の席。二人は着てる服は前と違うけれどやっぱり黒い服。環の内側に電子系統の計器やらパネルやらがあるけど、実際水晶人形を動かしているのはコクピット内壁から中心へとのびる、無数の赤い繊維だった。
赤い繊維の束は、紅蓮クンの全身とバックダンサーズのモデルお姉さんの両腕、顎鬚お兄さんの両脚につながっている。もしかして、さっきの丁寧な手つきは紅蓮クンじゃなくて、このお姉さんがやったのかも。
操縦席の形がちょっと自転車のサドルに似てるのは、体に繊維を繋げなければいけない構造だからだろう。
「すんません、これにちょっとサインしてもらえますか」
顎鬚お兄さんが差し出したのは一枚の紙とペン。誓約書?何やら難しく書いてあるけど、内容はここで見聞きしたことは他言無用でよろしくねえ、約束よ~ん(綾井さん風)てことだった。それ以外は変な条件も細かい注意事項もないようだし、サインをする。誓約書を返す私に紅蓮クンがのたまった。
「アンタ誰?ただの民間人みたいだけど、こんな大掛かりな不審結界の中で何してたワケ?」
バックダンサーズの二人が操縦席でひっくり返ってる。二人はさすがに覚えてたみたい。
「えっ、何だよ?お前らの知り合い?オレ様達の同業者?」
完全に忘れてるのか。紅蓮クンが飛司少年とセイギのミカタ談議に花を咲かせまくってた場所にいたんですけど、私。まあいいけど、別に。
それよりさっきからコクピット内に音楽かかってるけど、何でパ○ュームのポリ○ズム……?
ファン?実はパフ○ームのファンなのね、紅蓮クン?そうか~。パフュー○といえば、たまにふみ兄が締め切りから開放されたときに、喜びのあまり泣きながらポリリ○ムの振り付けを完コピで躍っててびっくりするときがあるけどさ……。
「あッ、こッ、これはだな、今度ものまねでやるんだよッ。そう!仕事!仕事だって!」
私の温かく見守る視線に耐え切れなくなったのか、訊いてもいないのに紅蓮クンが真っ赤になって慌てふためきながら教えてくれる。そうかそうか、大好きなのか~。
「それはともかく、あの子追いかけて欲しいんだけど」
コクピットの内側は全面外の景色を透過して、細いラインのぶれが見えなければ、赤い繊維も透けてしまっていて、本当に空にただ浮いているみたいで少し怖い。細いラインは多分薔薇の花びらが重なり合う部分。
「……おい、あれ、時速百キロ超えてねえか……?」
「そうなんだ。これ百キロ出せないんだ?」
「レッドアームを馬鹿にすんなッ!」
そう言うと紅蓮クンは前傾姿勢でさくら君を追い始めた。バックダンサーズのお二人は、環っかに頭をのっけてくたびれている。大変だなあ……。
レッドアームといえば、こないだ帰り際の町田さんに水晶人形のことをどう呼ぶか聞いてみたら「レッドアーム?ああ、あのインチキくさい医薬部外品みたいな名前か……」とかちょっといやそーに呟いてから教えてくれた。「喙息機。個体名もあるけどそれは機密だから一応ね。でも赤腕じゃないから」そんなわけで私は水晶人形とかカイソクキとか呼びます。あしからず。
名前はともかくさすがに空を飛んでいるので速い。混沌が破裂しようがつぶてが降ろうが、紅蓮クン言うところの防御結界機能のおかげで水晶人形は傷一つ付かない。大きく盛り上がる混沌も、右腕の赤い布を操って切り裂いていく。
さくら君は部下の人と別れて、ある混沌の塊へと向かっていた。塊というよりハリケーン並に巨大な渦だ。あの場所に廃棄された記憶盤が?
「何だお前?」
紅蓮クンが不意に振り向いて呟く。そこには拳銃を手にしたかえで君が宙に浮いていた。髪が血のように赤い。
「邪魔するんじゃねえよ」
ゆっくりと水晶人形の額へ銃口を向ける。
「紅蓮クン、よけて!」
「はあ?あんな拳銃どうってこと……」
「いいからよけて!」
口を尖らせる紅蓮クンを見て、バックダンサーズさん達が頷き合った。ガクンと水晶人形の体が沈む。
その頭上を赤い光線が走った。混沌に着弾して爆発する。コクピットの環っかにしがみついているのに、爆発の震動で足元が揺れている。あれっ、いま混沌の中に星空が見えた?
「け、拳銃じゃねえーッ!?」
かえで君の面倒臭そうな割にやたら激しい攻撃で、ようやく事態を飲み込んだ紅蓮クンが逃げようとした。
光線が掠める。どっと背中から押される衝撃。体が宙を浮く。環っかから手が外れていた。
目の前に細いラインの入った景色が見える。内壁にぶつかる。
そう思った瞬間、コクピットの入り口が大きく開いた。投げ出された体が赤い布に包まれる。軽い抵抗を突き抜けると、くるりと布がほどけて落ち葉の上へ滑り込んだ。
「悪ぃ、民間人!そこにいろ!」
赤い光線に追い立てられて、紅蓮クンの声が遠ざかっていく。周囲は混沌がうごめいているのに、ここだけ妙に静かだ。すりむいた手に青草と土の感触。そばに苔むした小さな塚。塚の上には餌でも探していたのか、ヤモリが一匹。ここ、もしかして朽ちた鳥居のあった山の頂き?という事は、かえで君の術で分からなかったけど、自宅の近くまで戻ってきたってこと?
ぽかりと開いた空間は、手前と奥と半々で混沌の違う様子が見えた。紅蓮クンが追いかけられて「きゃー」とか「ふざけんなー」とか逃げ回ってる戦場側は、混沌の動きも濁流みたいだけど、奥に入るとほとんど粘土のようで動きが無い。すり鉢状のゆるやかな傾斜が、視界のかすむほど遠く続いている。
『契約者がいる。下だ』
賢者さんに言われたように見下ろすと、確かに下の方で何かが動いてるような気がするけど……遠すぎる。混沌も落ち着いてるし、あの場所まで走ろうと思えば走れるけどかなり時間がかかりそう。
「うー、せめて自転車とかあればなあ……」
『そのように取り計らうそうだ』
はい?首を傾げた私のすぐそばで、混沌がぼこりと大きく膨らんだかと思うと、青草の上にそれを吐き出した。じ……自転車!しかもマイチャリではないですか!前カゴにはふみ兄が入れたとかメールで報告してたゆらちゃんの忘れ物ヘルメットまである。
「ええと、このサプライズは一体……」
『ヤモリがな』
ヤ、ヤモリ?苔塚を見やると、ちょこんといたヤモリさんが片方だけ上げた手をひらひらしている。ヤモリがやたら分かり易くコンタクトをとってくる……。
あっ、町田さんの言ってた神様か。蝶々じゃなくてもオッケイなのね?
「ありがとうございますっ。今度手土産持ってきます!」
ぺこりと頭を下げるとヤモリさんは厳かに頷いたのだった。ゆらちゃんの萌え~なヘルメットをお借りして、私はあらん限りの力でペダルを漕いで坂を下りていった。
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