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異世界剣士とさくら編46果ての国幻影

あらすじ:魔族の少年かえでに記憶盤賢者の本体を奪われた星庵心はその後を追うが……。
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私の日常 異世界剣士とさくら編46

 小学生の飛司少年に何度も肩の力を抜けと叱られながら、細っこい腕につかまって空を飛んで五分もしない内に、周囲の様子が変わってきた。空を覆っていた紫色アイスクリームの雲の量が、どんどん増えて視界を遮っていく。風にのってその雲をかわしていた飛司少年が叫んだ。
「だぁー!もう無理~!!」
 壁になって立ちはだかる雲に突っ込む。上下の感覚がなくなり、体にかかる抵抗がなくなると、目の前が光で溢れた。
 いい匂いがする。眩んだ目を開けると、眼下には一面花畑が広がっていた。春みたいにうららかな陽気に満ちて、色とりどりの花が咲き乱れている。この景色、さくら君と初めて会ったときに見えた白昼夢と同じ。何でだろう。見ていると、何でかほわほわに幸せな、ゆらちゃんの笑顔を思い出す。
『術の内部だ』

 賢者さんの呟きが聞こえた。そうか、てっきりさくら君の世界に来ちゃったのかと思ったけど、これがかえで君の発動させた術なんだ。とするとこの先に見える巨大な壁にさくら君がいるのかな。辺りを見渡していると、ガクリと高度が下がった。飛司少年を見やって絶句する。何でそんなに目茶苦茶眠そうな顔してるのっ?
「お、落ちてる!起きて飛司くん!」
 自由落下しながら器用にこっくりこっくり船を漕いでいた飛司少年が、重たそうな瞼を上げ、体勢を持ち上げる。かろうじて浮力の戻った状態で、それでも結局相殺しきれずに体は花畑の中へ投げ出された。
 つ……土がふかふかで助かった……。花と土まみれになりながら、倒れる飛司少年を抱えて起こす。すでに変身がとけて黄色のパーカー姿に戻っている。
「飛司くん、大丈夫?どうしたの?」
「ごめん~……、おれ晩メシ食うとすっげえ眠くなる~……」
 あなたはゆらちゃんですか。とりあえず大丈夫そうだからいいけれど、これから先は走るしかなさそうだ。荷物は重くなるから置いていこう。
「この子、ここにいても大丈夫かな」
『むしろ、その方が安全だな』
 気持ちよさ気に寝息を立てる飛司少年に鞄を抱えさせて、賢者さんの鞘とじーちゃんの形見の懐中時計を取り出して気付く。綾井さんから貰った竜の薬が入ったペットボトルが運悪く落下のショックで潰れて漏れてきてる。ええと、代わりに何か……。
「……賢者さんって、至高の記憶盤だからちょっとのことじゃ壊れないよね?」
『無論だが……』
「じゃあ、ちょっとここに入れさせといて」
 鞘の中にどぼどぼーっと残りの飲み薬を注ぎ込む。もちろん本物の刀剣の鞘にはこんな非常識なことしたりしないけど。
「ああ、結構見た目より入る入る。よしよし。さすが記憶盤の中の記憶盤~」
 鯉口にいつも携帯している折り畳み傘のカバーを思いっきり詰め込んで零れないようにしていると、呻くような賢者さんの声がする。
『お前、私を何だと思っている……』
 常時何かを企んでいそうな腹黒摂政な記憶盤。
「じゃあ薄くて軽くて柔らかい生理用品を包装ごと詰め込んで栓にしてもいいんだけど、その方がいいかな」
『いや………それは…………待て……』
 すっごい動揺してるね賢者さん……。生理用品て通じるんだ。
 懐中時計を上着の内ポケットに入れると、鞘を抱えて私は花畑を走っていく。
 その時花畑の先にある石段の壁を目指しているのは、私一人ではなかった。
 周囲にはいつの間にか見知らぬ人達が、列をなして歩いていく。全員男の人だ。手にそれぞれ短い棒状のものを持って、さくら君と似たような服装をしている。
 私一人が躍起になって走っているのに、それを見咎める人は誰もいない。進む人達は壁に設けられた巨大な昇降機みたいなものに乗って、いっきに壁の頂きまで上がっていく。あれに乗ればいいんだな。人波で貨物スペースまで押しやられると、柵が何も無い。動き出したのであわてて物資を固定する紐にしがみついて一息ついた。手の感触が変わる。見ると賢者さんの鞘が無い。代わりに掌にあったのは、ごつくて大きな男物らしい指輪だった。
「もしかして賢者さん?」
『術の影響を受けているようだ』
 じゃあ、さくら君と契約する前の姿?これがお師匠さんの形見だった時の賢者さんなのか。硝子みたいな素材で、白地に青の紋様が描かれている。
「ということは、さくら君に聞いた歪みが発生するって話をこれから追体験するのかな」
『同じ条件を揃えた方が歪みが発生する確率は高くなる』
「早くさくら君、見つけないとね」
 なくすといけないから、とりあえず指輪賢者さんは指に嵌めておこう。親指に嵌めても特に賢者さんから抗議の声は上がらなかった。
『契約者の未熟な精神が応じたからこそ、この術は成立している。あれは帰る気でいる。お前はそれでもあれを追うのか』
 硝子みたいな感触の指輪を撫でながら、私は答えた。
「こんな方法でも、さくら君が戻りたいところに戻れるならそれでいいんだけど。それならちゃんと見送りたいし、でも、もしそうじゃないなら、さくら君が選択肢を増やせるようにしないと」
 昇降機が止まった。残りの石段は自力で登る。全て登りきったとき、そこに闇が広がった。
 白昼夢で見たあの光景。花畑を壁で隔てて、そこはまるで違った。壁を境に青空も途切れている。
 頂きに設置されたいくつもの砲台が突然火を吹いた。首をすくめる私の頭上を甲高い音を立てて、砲弾は眩しい白光を闇の中に撒き散らしていく。
 そこに荒れ狂う闇があった。
 足元にわだかまる闇は常に波打ち、そこかしこで巨岩となって突き出したかと思えば、崩落して崖となる。
 空に漂う闇は氷柱状に落下し、降り注ぎ、竜巻になり、境界の曖昧な天と地を結ぶ柱のようだった。
 これが混沌。世界の果て。さくら君の世界。
 ……て、ここからどうやってさくら君を探せばいいのーっ!?

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